ニ ュ ー ・ メ キ シ コ 事 情 (2011年1月)    
 
 目 次 
 

 

 

 

  概観   文化
   1.歴史・沿革    1.教育
   2.地誌    2.文化
  政治   治安情勢
   1.政治情勢概況   日本との関係
   2.連邦議員    1.コロラド州における日系人の歴史
   3.州議会と州政府    2.文化交流
  経済及び産業    3.学術関係
   1.経済概況    4.投資・貿易
   2.主要産業    5.要人往来
     6.在留邦人等
     7.姉妹州・都市関係
 
 
 

 


 

概観

 

1.歴史・沿革

 ニュー・メキシコ州の歴史は古く、1540年に黄金都市を求めてスペイン人が探検を始め、1598年より入植が始まったが、最初の入植者は10人のフランシスコ会修道士と129人の兵士及びその家族であった。州名は、スペインの「新しいメキシコ」が英語化されたものである。彼らは、英国からアメリカへの最初の入植者である、英国清教徒団がプリマスに上陸する10年前にあたる1610年に、サンタフェをニュー・メキシコの首都として建設した。その後、米墨戦争の結果、ニュー・メキシコは1848年にカリフォルニアと共にメキシコから割譲され、1912年1月6日に合衆国の第47番目の州となった。

 ニュー・メキシコ州は穏やかな気候に恵まれた農業州であるが、同時に鉱物資源も豊かで、インディアンの時代から、スペイン統治時代、メキシコ統治時代を経て、米国の連邦に組み込まれてからも一貫して州経済に大きな役割を果たしてきた。太古の昔からトルコ石が、その後は銅、銀、鉛、亜鉛、鉄、金、石炭が発見され、さらに天然ガス、石油、ウラニウム鉱が発見され、数回にわたるブームで経済を発展させてきた。 

 鉱山キャンプの存在を記した最古の記録は1581年のものであり、サンタフェの南西15キロ付近のセリロス・ヒルから南に広がる地域について記述している。1610年に首都がサンタフェに移されているが、1630年代の市の記録に住民の職業に銀細工師の名前があることからも、サンタフェ遷都の背景には、セリロス・ヒル地区における鉱山ブームがあったと推測される。この地域では多種の鉱物が次々と発見されて繁栄が続き、1879年には鉄道が開通し、セリロス市が誕生している。しかし1930年代の大恐慌で鉱山は大打撃を受け、その後は往年の繁栄を復活できていない。

 1920年代以降、州北西部のフォーコーナーズに近いファーミントンで石炭、石油、天然ガスが発見され、ペルミアン盆地(州南東のテキサス州にまたがる地域)で石油、天然ガスが発見され、ニュー・メキシコ州の鉱業は様変わりした。さらに1950年代のグランツ(州西部)でのウラニウム鉱発見は、50年代のウラニウム・ブームを招いた。

 ニュー・メキシコ州を特徴付けるものに、国の防衛政策とタイアップした技術開発がある。原子爆弾の開発を目的として設立されたロス・アラモス国立研究所は、1945年7月に世界初の原子爆弾の実験に成功した。1949年からはサンディア国立研究所も加わって、毎年、多額の予算を駆使して兵器開発、宇宙開発に向けた先端技術の研究開発を行っている。近年はこうして生まれた先端技術を民生用に転化させるため、日本企業と提携して市場化を図っている。また近年とみに注目を集めているのが再生可能エネルギーの実用化・推進事業である。ちなみにこれは、西部山岳諸州に共通した現象である。

 ニュー・メキシコ州はこうした国の国防製作及び宇宙政策とタイアップした技術革新の担い手という顔を持ち、さらに民間人の宇宙旅行の基地としての宇宙空港の建設が予定されているが、州内にはUFOの飛行地といわれるローズウェル市もあり、宇宙ロマンの発信地でもある。 

 

 

2.地誌

(1)地理

 ニュー・メキシコ州は、州北部から南西部に向かって斜めに走るロッキー山脈系の山岳・高原地帯、州の中央を南北に流れるリオグランデ川沿いの平野(盆地)部、及びテキサス州に接する東部の平原地帯に大別される。中心はリオグランデ川沿いの部分で、サンタフェ、アルバカーキ、ラス・クルーセス等の政治、経済活動の中心となる諸都市が集中している。

 ニュー・メキシコ州の面積は、314,939kuで、全米第5位である。州全体としては、山岳地帯の比率が高く、州の面積に占める森林の割合は、11.5%である。

 

(2)気候

 アルバカーキ市の7月の平均気温は華氏92.2度(摂氏約33度)、1月の平均気温は華氏23.5度(摂氏約-4.5度)である。同市の年間降雨量は8インチ(約21cm)である。

 

(3)人口

 2008年の国勢調査推定人口によると、ニュー・メキシコ州の人口は約198万人で、現時点での最新の人口構成(2007年の国勢調査による)は白人42.3%、ヒスパニック系44.4%、アフリカ系2.8%、アメリカ・インディアン9.5%、アジア系1.4%、その他1.8%である(当館注:総計が100%を越えるのは、国勢調査で複数回答が可能であること、及び四捨五入で概数を出しているため)。ニュー・メキシコ州では白人、ヒスパニック、アメリカ・インディアンという主要人種間での融和がうまく進んでいることから、人種間の軋轢から生じる社会的緊張や社会不安はないが、メキシコからの不法移民問題、アメリカ・インディアン居留地を巡る訴訟問題は僅かながら存在する。同州はスペイン語を公用第2言語として定めている唯一の州である。

 

 ニュー・メキシコ州の主要都市の人口(2008年国勢調査推定)は以下の通りである。

サンタフェ市(州都)            約7万3千人

アルバカーキ市(州最大都市)     約52万人

ラス・クルーセス市            約9万人

 

(4)その他

・州   花  ユッカ (Yucca)

・州   鳥  ミチバシリ (Roadrunner)

・州   木  コロラド・ピニョン (Colorado Pinon)

・州の動物  アメリカ・クロクマ (American Black Bear)

 

 

政治

 

1.政治情勢概況

ニュー・メキシコ州は、伝統的に、ヒスパニックやアメリカン・インディアン等のマイノリティー文化の影響が大きく、この状況を反映して民主党の勢力が強い。連邦上院(2議席)、下院(3議席)と大統領選はやや例外的で、1990年代から2008年までは共和党3名、民主党2名の態勢が続き、2000年、2004年の大統領選挙では、民主党候補に敗れはしたものの、共和党のブッシュ候補が善戦するなど、両勢力がほぼ均衡していた。しかし2008年の選挙で民主党が大躍進して連邦上下院の全5議席を民主党が占めてからは、民主党にとって逆風が吹いた2010年の選挙でさえ、連邦下院で共和党議員1名の返り咲きを許すにとどまり、民主党が勢力を保っている。
一方、州レベルでは一貫して民主党優勢は著しく、特に2002年のビル・リチャードソンBill Richardson知事による共和党からの知事ポストの奪回、2008年の選挙における、知事を始めとする政府要職の民主党独占、州議会における民主党勢力の圧倒的優位と、民主党色は一段と強まった。しかし2010年の選挙では、全米的な民主党批判に加え、選挙戦の過程で進行したリチャードソン知事評価の悪化が影響して、共和党のスザナ・マルティネスSusana Martinez候補が民主党支持層にまで食い込んで知事選を制し、さらに共和党は州務長官ポストを獲得し、議会で民主党との議席差を縮めた。民主党優位の大勢は変わらなかったものの、州レベルとしてはこの選挙結果は革命的であり、民主党が数による安泰を無条件に享受することへの警鐘となった感がある。
マルティネス新知事は、選挙運動中に発表した幾多の公約の中で、リチャードソン前知事の賄賂政治(州の公共事業の入札を巡る収賄疑惑は、オバマ大統領の商務長官指名の辞退を余儀なくさせた)の一掃を掲げ、さらに前知事が自身の輝かしい業績として枚挙する、教育改善、不法移民対策など民主党色の強い諸改革、あるいは映画産業誘致策、宇宙空港開発等の経済政策についても、理想と現実の乖離を指摘して、現実的対応を図ることを約束している。ただし議会は依然として民主党が多数を占めており、議会の反発は必至である。

最後に州人口の約半数を占めるヒスパニック系住民の政治姿勢の変化について述べると、マルティネス新知事が州政史上初の女性知事であることもさることながら、「ヒスパニック系共和党知事」であることに注目すべきである。つまり共和党のブッシュ大統領が2回の選挙(2000年、2004年)とも、ヒスパニック票を30数%獲得したことが暗示していたように、クリントン大統領時代の「ヒスパニック票=民主党票」という図式がもはや自明でなくなっている。2010年の選挙では、体制内で重要な一翼を担っているヒスパニック系住民は、同じヒスパニック系で、ヒスパニックの利益の代表を自称するリチャードソン前知事の「教育政策等に見られるヒスパニック優遇政策」を「失敗」と断じ、近年の国境警備問題とも絡めて、「過度な優遇は不法移民の流入を促進する無責任政治である」と断罪する側に回った。ヒスパニック系住民が民族性、貧富、体制の内外という諸要素で必ずしもその不利な側に身を置いているわけではないことは事実としてあったが、当のヒスパニック系住民自身が表立って宣言したのは初めてであった。選挙人登録数で見ると依然として民主党への登録が圧倒的に多いが、今後は課題ごとに現実生活に即した投票行動を行っていくといった変化が一層進む可能性がある。

2.連邦議員

(1) 連邦上院議員(2議席)

共和党のピード・ドメニチPete Domenici議員の引退によりオープンシートとなった2008年11月の選挙で、民主党のトム・ユドールTom Udall連邦下院議員が同議席を獲得したため、民主党が2議席を占めるに至った。

 

【連邦上院議員】

 ジェフ・ビンガマン (Jeff Bingaman)    (民)   2012年改選

 トム・ユダール   (Tom Udall)       (民)   2014年改選

 

(2) 連邦下院議員(3議席)

2008年の選挙で現職議員がそろって上院議員に出馬したため、全てがオープンシートとなり、選挙の結果、それまで共和党(2)、民主党(1)であったものが、民主党の独占体制となった。2010年の選挙で2区のみ共和党の前議員が返り咲いた。

 

【連邦下院議員】

第1区

 マーティン・ハインリック (Martin Heinrich)

第2区

 スティーヴ・ピアス     (Steve Pearce)

第3区

 ベン・ルーハン      (Ben Lujan) 

 

3. 州議会と州政府

(1)州議会

 州議会は上院(定員42名)と下院(定員70名)より成る。2008年の選挙では民主党が上下院それぞれ3議席伸ばしたが、2010年には共和党が大きく躍進し、下院では1929年来最多の議席数となった

 

 

民主党

共和党

州上院

27名

15名

42名

州下院

37名

33名

70名

 

(2)州政府の主要政策と課題

 ニュー・メキシコ州は近年人口増加が著しいが、特にヒスパニック系人口の増加が著しく、ヒスパニック系を含めたマイノリティーが過半数を占めるという、米国でも極めて特殊な州である。これは州南部で墨と境界を接していることから来るが、これは二つの点で州政府に対し困難な課題を投げかけている。一つは国境の安全保障であり、不法移民の流入及び麻薬取引はそのまま治安問題につながる。もう一つは州民の生活レベル、及び教育レベルの向上を阻むということである。
2003年にリチャードソン前知事(民)は新政権を発足させると、同州に特有の問題を見据えて、経済発展、教育改善、犯罪取締り、国境の安全確保、医療制度改革に取り組み、特にヒスパニック系の低所得層支援の政策を精力的に推進した。同時に全米レベルのポスト就任に高い関心を示し、一部から批判が出ていたが、総じて州民の生活向上につながる政策への支持は高く、2006年には、高い得票率で再選された。しかし知事2期目に入ると知事の関心は2008年の大統領選挙への自身の立候補に傾き、折から州財政を襲った赤字と相俟って、1期目に比較して目新しい政策は姿を消した。一方で、華々しく打ち上げた宇宙空港建設等の公共事業もはかばかしくなく、「北朝鮮との非公式交渉は州知事の任務から外れた、大統領選挙出場に向けた売名行為であった」などの非難に象徴されるように、州民は大統領選挙に立候補した知事に対して総じて冷淡であった。さらに公共事業を巡る収賄疑惑が浮上し、それが2009年1月のオバマ大統領の商務長官指名撤回にまで進むと、それ以降はリチャードソン知事批判が加速し、2010年夏には支持率が30%台という最低記録を出した。

リチャードソン知事への評価は後の時代に譲るとして、ニュー・メキシコ州は、同知事の諸政策にも拘わらず依然として生活レベル、学力レベル、医療レベルで全米最下位付近にあり、これらの課題は依然として優先的課題であるが、同時に、長引く不況で州は赤字財政を抱え、民主党の前政権ですら、教育予算の聖域扱いを停止せざるを得なかった。こうした状況下での政権交代であったが、共和党の新政権にかけられた期待は大きい。

 

(3)州知事選挙

 前政権への高まる州民の不満はそのまま2010年11月の知事選挙の行方を左右した。リチャードソン知事の任期切れでオープンシートとなるポストへ向けて、ダイアン・デニッシュDianne Denish副知事は早くから立候補の意思を表明し、リチャードソン路線の継承を掲げていた。しかしリチャードソン批判が異常な高まりを見せ始めると、デニッシュ副知事はリチャードソン政権からの脱却へ路線変更を余儀なくされ、共和党のマルティネス候補を相手に苦戦を強いられた。マルティネス候補はこうした州民の不満を汲み上げ、選挙キャンペーンではリチャードソン政権批判に終始し、民主党支持のヒスパニック票を20%獲得して、知事選を制した。なお、全米的な民主党離れ、及びティーパーティ運動も追い風となった。

     

 

【ニュー・メキシコ州公選職】

  

 知事     (Governor)

 スザナ・マルティネス  (Susana Martinez )

 副知事    (Lt. Governor)

 ジョン・サンチェス  (John Sanchez)

 州務長官  (Sec. of State)

 ダイアナ・デュラン  (Dianna Duran)

 司法長官  (Attorney General)

 ゲーリー・キング   (Gary King)

 財務長官  (Treasurer)

 ジェームズ・ルイス   (James Lewis)

 

(4)その他

 主要都市の市長は次の通り。

サンタ・フェ市(州都)   デーヴィッド・コス   (David Coss)            2014年改選
アルバカーキ市      リチャード・ベリー    (Richard Berry)          2013年改選

ラス・クルーセス市     ケン・ミヤギシマ    (Ken Miyagishima、日系人)   2011年改選

 

 

 

経済及び産業

 

1.経済概況

 2007年のニュー・メキシコ州の州内総生産は、約689億ドルで、前年と比べ3.7%(全米第22位)の伸びを示している。2005年の平均個人所得は27,889米ドルで全米第45位と個人所得水準は低い。 国際貿易については、対外輸出は2006年度28億9千万ドルであった。中国、マレーシア、フィリピンの順で、上位3を占め、日本は第9位であった。2007年4月のニュー・メキシコ州の失業率は、3.6%で、2006年11月の3.6%と比べると低くなっている。ちなみに、合衆国の平均失業率は、2007年5月において4.5%である。

 

2.主要産業(2008年)

(1)農業

  歴史的に、農業はニュー・メキシコ州の基幹産業の一つであり、主な農作物は、干し草や穀物類である。タマネギ、ジャガイモ、乳製品も重要な農作物となっている。同州の農産物輸出額は、2005年度、約1.8億ドルであった。うち68%が乳製品であり、25%が綿である。その他、ニュー・メキシコを特徴づける唐辛子、マツの実などの生産も盛んで、ナッツの一種のピーカンが特産物となっている。

 

(2)鉱業

 ニュー・メキシコ州の鉱業は、州GDPの13%あまりを占め、政府・公共部門(17%)に次ぐ主要産業となっている。2007年、全米のエネルギー資源産出量のうち、ニュー・メキシコ州の産出量は、石油については3.4%、乾性天然ガスについては7.3%、液化天然ガスについては9.2%、石炭については2.5%を占めている。その他、ウラニウム鉱石、マンガン鉱石、モリブデン、銅、金、銀、カリウム塩、石灰、真珠岩(パーライト。火山岩の一種。これを砕いて作った砂は保水力が高く、園芸用に使われる)、などを産出する。

 

(3)公営事業・政府関係

 ニュー・メキシコ州において、この分野での雇用数が最も多く、全体の4分の1以上を占めている。米国最初の原子爆弾の実験場であり、広島に投下された原爆が製造されたともいわれるロス・アラモス科学研究所が今日も核物理の研究所として質・量とも米国随一を誇っており、また、米国最初のミサイル基地となった州中南部のホワイト・サンズ・ミサイル発射場が現在も軍用航空機の開発・試験場として有数の規模を誇っている。核エネルギーや軍事技術関係の研究所等が多いため、連邦政府の支出が州経済の欠かせない支柱となっている。

 

(4)製造業

  アルバカーキ近郊に集中している製造業は、食料品や鉱物の加工処理、化学薬品、電気機器や軍需品が主体である。ハイテク製造業のほとんどが、防衛産業であり、州経済にとりますます重要となっている。

 

(5)通信

 ニュー・メキシコ州の通信サービス業としてQWEST(クウェスト)社をはじめとする100社以上の会社が稼働している。

 

(6)観光業

  観光業は、州の主な収入源となっている。現在でも、プエブロ・インディアンが暮らしている住居、国立公園(カールス・バッド洞窟群)や国立モニュメント(アズテック遺跡群、ホワイト・サンズ)及び州の最大行事であるバルーン・フェスタなどに、毎年何十万人もの観光客が訪れている。

 

(7)映画産業

 映画産業誘致政策が功を奏し、2007年には36本、2008年には44本の映画が制作された。(主にテレビ映画)尚、トミーリー・ジョーンズ他著名な映画俳優が自宅を構えている。

 

(8)宇宙産業

 商業ベースの宇宙旅行の拠点となる「スペースポート・アメリカ」の建設計画が順調に進んでいる。連邦航空管理局からの許可もおり、ターミナル及び滑走路建設ハンガーが2010年に完成する予定である。

 

 

文化

 

1.教育

 ニュー・メキシコ州には約840の公立小中高等学校があり、約32万8千人の生徒が学んでいる(米国教育省:国立教育統計センター)。公立校における生徒の人種別構成は、ヨーロッパ系が30.6%、ヒスパニック系が54.6%、アフリカ系が2.6%、アジア太平洋系が1.3%、アメリカ/アラスカ先住民が10.9%となっている(米国教育省:国立教育統計センター)。

 義務教育年齢は5歳〜18歳までで、高校卒業以上の学歴保有者は82.3%であり、学士号以上は24.8%(全米平均は27.5%)となっている(2007年国勢調査推定)。公立高校の中退者が多く、テスト結果も全米で最下位レベルにある。リチャードソン州知事は、教育予算を増加し、特に貧富の差が現れやすいPre School教育の拡充に力点を置く政策を一貫して実施している。

 高等教育機関としては、ニュー・メキシコ州立大学をはじめ州立の4年制高等教育機関数が8校、セント・ジョーンズ・カレッジ等私立の高等教育機関が10校ある(米国教育省:国立教育統計センター)。大学レベルの日本語教育に関しては、アルバカーキのニュー・メキシコ州立大学やニュー・メキシコ大学を中心に実施されている。

 

2.文化  

 ヒスパニック文化と並んで、インディアン文化は、ニュー・メキシコ社会に大きな影響力があり、インディアンの権利主張の動きも活発で、米東部の博物館などに持ち出されたインディアン所有物の返還運動などは、その代表例である。

 また、アナサイ・インディアン(Anasai Indians)は、米南西部の最古の住民として確認されている。

 州内には、上記ヒスパニック・インディアン等の歴史・文化状況を反映した様々な文化施設があり、代表的なものとして、Place of the Governors(450年以上の多文化に満ちた全米一古い連続して使用された公共の建物),Museum of Fine Arts, Museum of International Folk Art, Museum of Indian Arts and Culture, New Mexico of National History & Science, Space Center, New Mexico Farm & Ranch Heritage Museum, National Hispanic Cultural Center of New Mexicoがある。

 尚、同州には全州レベルの日刊紙としてAlbuquerque Journal(発行部数約10万5千部)がある。また、ヒスパニック系住民向けにテレビ・ラジオでは、スペイン語による放送も行われている。

 

 

治安情勢

 FBIの犯罪統計によれば、2007年の主な犯罪件数は8万6千479件で、前年より3千49件(3.4%)の減少が見られたが、殺人や強盗など暴力犯罪は増加している。隣接国メキシコからの不法移民者が後を断たず、貧困、麻薬取引、人身売買等に絡む犯罪が多い。

 

 なお、ニュー・メキシコ州における主な犯罪の発生件数及び対前年比犯罪発生率は次のとおり。

 

犯罪種別

2006年(件)

2007年(件)

前年比

殺人

強姦

強盗

加重暴行

住居侵入窃盗

窃盗

自動車盗

132

1,094

2,105

9,241

20,909

46,822

9,225

162

1,032

2,321

9,570

18,992

45,463

8,939

22%

−5.7%

10.2%

3.6%

−9.2%

−2.9%

−3.1%

 

(資料出典:FBI犯罪統計)

 

 

日本との関係

 

1.ニュー・メキシコ州における日系人の歴史

 ニュー・メキシコ州の日本人の歴史は1895年頃からの鉱山労働によって始まり、鉄道労働がそれにつぎ、農業としては、かなり後年に入植が行われ始めた。戦後では鉱山ならびに鉄道労働とも殆ど無く、エルパソ近くのメシア地方とアルバカーキ近郊に割合古くから農業従事者が存在し、東部ラビングストンに数件の大農園を営む日系人がいる。

 第二次大戦中、太平洋岸沿いに住む日本人及び日系人は内陸のロッキー山脈を挟む地域に作られた強制収容所10ヶ所に収容された。ニュー・メキシコ州にはこうした大規模な強制収容所はなかったが、FBIが「危険分子」と認定した日系人(戦前よりあった日系人差別、日米開戦後は1942年の敵性外国人の隔離を承認した大統領命令9066号に抗議した、主に移民一世の指導層)を拘留する拘留所がサンタフェ刑務所にあった。また、同じくサンタフェにあるバターン・メモリアルホールは、2000人のニュー・メキシコ州兵で編成された第200高射砲連隊が日本軍捕虜となり、秋田県花輪鉱山で働かされたことを記念するものである。

 

2.文化交流

 ニュー・メキシコ州では従来より、対日関心を含め国際問題一般に対する関心が薄いと言われていたが、最近ではマスメディアによる日米経済問題等の報道もあり対日関心の度合いは高まりつつある。イケバナ・インターナショナルや盆栽クラブ等の活動も一役買っているものと考えられる。

 アルバカーキ市は、佐世保市と姉妹都市関係(1966年11月締結)を結んでおり、現在両自治体関係者、市民による相互親善訪問等が行われ、1995年6月には、アメリカ・ジャパン・ウィーク(国際親善協会、ニュー・メキシコ州共催、当館後援)が開催され、アルバカ−キ市、サンタフェ市で盛大に日本文化紹介行事が行われた。

 又、国際交流基金派遣による書道のデモンストレーション、和太鼓「志太ら」ツアー等は大変な歓迎を受けた。

 

3.学術関係

 ニュー・メキシコ州からはJETプログラムにより、毎年1〜5名の参加者を送り出している。

 

4.投資・貿易

  対日貿易額は、2008年において9,200万ドルで、これは、同州の貿易相手国として第6位に位置する。主な輸出品は、コンピュータ機器、電気製品、金属加工品、鉱物資源等である。  

 

5.要人往来

(1)訪米

・1973年    : アルバカーキ市(辻一三佐世保市長)

・1985、 91年: アルバカーキ市(桟熊獅佐世保市長)

・1993年10月: サンタフェ市(永礼達造津山市長)

・1995年 6月: アルバカーキ市・サンタフェ市(愛知和男(財)国際親善協会会長/衆議院議員、塩川正十朗元衆議院議員)

・1996年 4月: アルバカーキ市(光武顕佐世保市長)

・2006、 09年: アルバカーキ市・サンタフェ市(二階敏博経済産業大臣)

 

(2)訪日

・1974年       : 佐世保市(ブルース・キング・ニュー・メキシコ州知事)

・1981年       : 佐世保市(デビット・ラスク・アルバカーキ市長)

・1982、83、84年: 佐世保市(ハリー・キニー・アルバカーキ市長)

・1994、97年   : 佐世保市(マーティン・チャベズ・アルバカーキ市長)

・2004年 6月   : 東京都(ビル・リチャードソン・ニュー・メキシコ州知事)

・2004年 9月   : 津山市(ラリー・デルガド・サンタフェ市長)

・2005年 7月   : 愛知県(ビル・リチャードソン・ニュー・メキシコ州知事)

 

6.在留邦人等

(1)在留邦人及び日系人

  ニュー・メキシコ州に在留する邦人の数は853人(2009年4月、当館の在留届に基づく推定人数)。その内アルバカーキ周辺に370人が居住しているが、サンタフェ等にも居住している。日系人(2000年の国勢調査に対し「日本人」または「日本人との混血」と回答した人)の数は約4千人となっている。一般的に邦人社会と現地社会との関係は良好な状態に保たれている。

 

(2)留学生

  ニュー・メキシコ州への留学生は69人(2009年4月、当館の在留届に基づく推定人数)。地域との交流や日本文化紹介を目的として、毎年9月に行われる秋祭り等にボランティアで積極的に参加する留学生の姿が見受けられる。

 

7.姉妹州・都市関係

ニュー・メキシコ州では、以下の諸都市との間で姉妹都市関係が結ばれ、活発な交流を行っている。。

 

アルバカーキ市

佐世保市(長崎県)

サンタフェ市    

津山市(岡山県)

 

         

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